社会人になるとなにかとお金が出ていく場面が多いですよね。知り合いの結婚式、恋人とのデート、自分の趣味…。考えるだけで、ため息がでちゃう。
20代は収入が少ないのに、お金がでていく場面は上の世代と変わらないのが苦しいところ。
そんななかですよ。うちの会社は火種を投下してくるわけです。
それが今回お話する「社長の誕生日のために3000円徴収」事件。
いまどきこんなことやってる会社って、どのくらいあるのかしら。ほんと呆れるほどの旧時代っぷりです。
なんでそんなことにお金を使わなきゃいけないの!ってわけで、
全然納得いかないので断ることにしました。
同じ状況のあなたや、納得いかなくても我慢しちゃうあなたの心に何かしら届けば嬉しい限りです。
社長へのプレゼント代を断るときの事前準備
さて、いよいよ悪しき慣習を打ち破るときです。そのためにはまず、事前の準備が必要ですが、とりあえずこの3つだけあれば十分でしょう。
- 社内での扱いが悪くなることを覚悟しておく
- 同じ意見の他の社員に根回ししておく(口裏合わせ)
- 録音機器の準備
特に、社内での扱いが悪くなることは、ガチで覚悟しておいてください。
陰口言われるだけならまだしも、悪質な嫌がらせを受けることも考えられます。最悪転職してやる!くらいの気持ちが必要、と言っても過言ではありません。
あなたと同じ意見の社員がいれば、口裏合わせをして
「会計報告お願いします」
「何を買われるんですか?」
などを多数意見として会計係にぶつけてください。小規模企業なら、4、5人から言われれば意識せざるを得ないでしょう。
またそのときに、録音もしておきましょう。「会計報告するよ」と言ったのがたとえ口約束でも、録音した音声があれば確かな証拠になります。
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社長へのプレゼント代なんて徴収されたくない
そもそもの話、私はこの「みんなから徴収してプレゼントする」ってシステムが昔から苦手なんです。
「〇〇さんがお誕生日だから、プレゼントあげたい」←わかる
「みんなでお祝いしようよ!」←まあわかる
「というわけで、1人1000円ね。〇日までによろしく」←?!?!!?!?!
って感じ。お祝いしたいって気持ちは素晴らしいと思いますけど、みんなが同じように思ってると思うなってことです。
こういったプレゼントの渡し方って、そこそこ人数がいるグループでの場合が多いかと思うんですが、当然みんな価値観も人との距離感も違うわけじゃあないですか。
いや、まとめるのが大変なのはわかりますよ?ならあんたがまとめなさいよ、って声も理解できます。でもね、どうしても私は思っちゃうんです。
プレゼントってやりたくてやってるんでしょ?
やりたくないならやんなきゃいいじゃん。
私は仕事とプライベートは分けたいタイプですけど、仲のいい同僚や上司には個人的に誕生日をお祝いしたり、ちょっとしたプレゼントを渡したりもします。
それはやりたいから(単純に相手に喜んでほしいから)やっているんであって、やりたくなきゃしません。自分が好きでやってることに、他人を引き入れようという選択肢はないです。
会社は別に友だち付き合いとは違うわけだから、「プライベートでも関わりが絶対必要!」ってわけじゃあないはず。
なんだか「飲み会さえしていれば仕事が円滑にまわる」という『飲みニケーション信者』と同じにおいを感じちゃいます。
本当にみんなが誕生日を祝いたいと思っているなら、わざわざ呼び掛けたりお金を徴収しなくてもその人のところにはプレゼントが届くんじゃあないんですかね。
そういう「する必要がない(義務でない)ことをわざわざする」というところに、プレゼントの価値はあると思うし、私はそれを大切にしたいです。それぞれの価値観の多様性があっていいんじゃあないでしょうか。
社長へのプレゼント代徴収が暗黙の慣習になってる
でも、うちの会社は「当然プレゼント代出すよね」のスタンスでお金を徴収しにやってきます。社内連絡で、花京院よろしく「数日中にお前の金を頂くッ!」と通告を受けました。
私のような社歴の浅い人間は3000円で、社歴が5年以上の社員は5000円を徴収されるという話でした。
うちの会社は社員が10人程度ですけど、それでも1人5000円集めると5万円前後にはなる…。
社長の誕生日で5万円も毎回プレゼントを贈ってるってどうなのよ?高すぎじゃあないの?受け取るほうも断れよ。会計報告もないし、余剰金が返却されたこともないなんて絶対変!
って疑問を直属の上司にぶつけてみたところ、返答は
「5000円でその年の社内環境を買ってるんだよ。仕方ないことやから、俺は払うよ」
ぞっとしました。その思考停止っぷりに。
確かに、慶弔費という形で必要なときに出せるお金があったほうが、社内環境としては安定するでしょう。
でもそれは、「社員に使われるから社内環境が安定する」のであって、社長のご機嫌取りをするために使うのは違うはずです。
自分の大切な人生の時間を切り売りして、やっと手に入れたお金を、好きでもない人に使って本当に納得いきますか?嫌々差し出したお金で手に入れたその社内環境は、本当に心地良いものですか?望んでいたものなんですか?
…と尋ねてしまうと、割り切ろうと気持ちに折り合いをつけたはずの上司の心をえぐってしまいそうで、聞けませんでした。つらいのはみんな同じ、というのを見せつけられた気分です。
「ずっと続いてることだから」「みんなやってるから」とか、だから何?としか思えないです。そこから暗黙のルールや慣習という名の義務を押し付けられても、何も納得いきません。
会計報告なき社長への誕生日プレゼントのお金徴収
私がこのプレゼント代徴収に納得いかない理由がもうひとつあります。
それは、「お金を出すほうには強制的なのに、そのお金の会計報告がない」という徴収する側の都合の良さです。
このプレゼント代の徴収および購入は、部長ひとりが担当しています。おそらく社長への誕生日プレゼントも、部長の発案です。(部長以外に賛同している人がだれもいないので)典型的な体育会系で、上に媚び下に高圧的な人でテンプレ通り100点って感じ。そしてこの部長、今年お金がらみで数百万の損失を出すミスをしています。
大きな損失を出してるから部長にはお金を任せたくない、というのが素直な私の感情です。
また、私たちのような社歴の浅いものに対して、かなり高圧的にイベントごとへの参加・出資の義務を半強制してくるわりに、お金を預かるものとしての義務は全くはたしていないところが、素直にむかつきます。
また、こういう話をすると「ケチくさいな、それぐらい出せよ」と言い出す人が必ずいますが、金額だけの話じゃあないんです!
納得がいけば500円だろうと1万円だろうと払います。納得のいかないお金の使い方を強要しないでほしい、という話なんです。
この強制性と納得のいかなさが、今回の社長の誕生日プレゼント代の徴収をお断りする理由です。
社長への誕生日プレゼント代としてお金を徴収されても断っていい
ここまできたら、「よろしい、ならば戦争だ!」の気分ですね。
今までもやもやしても我慢することが多かった私ですが、この仕事を辞めてやる!と決めてからはわりと思い通りに過ごせているように思います。なりたい自分になれている感覚があるんです。
捨て身だから自分の気持ちに素直になれたのかもしれません。
でも、「社長への誕生日プレゼント代、断ろうと思うんです」とほかの社員さんに打ち明けても、私が心配していたような「孤独になってしまう」「みんなから嫌われる」なんてことは起こりませんでした。
自分の気持ちに素直になって(もちろん他人を故意に傷つけない範囲で)行動することって、案外なんてことないんじゃあないかな、と思い始めてます。
社長への誕生日プレゼント代の徴収を断っても死ぬようなことはないし、職を失ってもまた探せばいいだけのことです。
生きてさえいればなんとでもなるし、きっとそこまでのことにもならないと思います。
結局、我慢しなくてもその程度のことなんですよ。だったら、素直に生きた方が幸せになれそうな気がします。
では、いい加減長くなってきたのでこのへんで。
決戦後に、シャボンディー諸島で!(ドン
to be continued➸